メリー(2024)

 三十年ほど前まで、横浜には自分の顔を真っ白に塗り、毎日街角に立っていた老婆がいたそうです。彼女は「ハマのメリー」と呼ばれた娼婦、いわゆる「パンパン」でした。顔を白く塗っていたのは、米兵の恋人が戻ってきた時に一目で自分だと分かるようにするためだという噂があります。


 「待つこと」はロマンチックな行為かもしれません。待っていても相手は気づいていないかもしれないし、たとえ気づいていても、出会えるとは限りません。
 「メリーさん」のことは、たまたまインターネットで知りました。ある人を長い間、四十年間待ち続けたことに惹かれ、彼女の足跡を探し始めました。ですが、彼女が客待ちしていた米兵専用の娯楽施設は空っぽの駐車場、アクセサリーを売る宝石店はスターバックスコーヒーになっていました。
 シャッターを開けている数秒から四十分の間、ピンホールカメラの小さな穴を通して、カメラの中に入ってくる光と空気の中に、微かに残るメリーさんの記憶がフィルムに触れることで、彼女の存在を捉えることができればと思っています。